『是非に及ばず』酷評騒動が浮かび上がらせた業界の歪み
一ノ瀬美空が待望のセンターを務めた楽曲『是非に及ばず』。夏曲にもかかわらず夏らしさが感じられないとして、ファンから厳しい評価が相次ぎました。SNS上の反応を受けて、作曲を手がけたクリエイター自身が傷ついた心境を明かしたことも話題となりました。
「商業作曲家なら印税が入るだけで満足すべき」という意見もありますが、その一方で気になる噂が業界内で流れています。最近、若手作曲家が乃木坂46の楽曲コンペに応募しなくなっているというのです。
本記事では、この現象の背景にある構造的な問題を、コンペシステムそのものの課題と、ボーカル表現の制約という2つの軸から掘り下げ、JYPエンターテインメントなどの制作スタンスとの対比を通じて、日本のアイドル楽曲制作が抱える本質的な課題を解説します。
第1部:「コンペ」という仕組み自体が抱える構造的な問題
1-1. 費用対効果(タイパ)の悪さという致命的な壁
坂道シリーズの楽曲コンペは、日本でも最激戦区のひとつとして知られています。1曲の採用枠に対して、数百曲、時には1,000曲を超えるデモテープが集まるとも言われる世界です。
ここで問題になるのが制作コストの重さです。現代のコンペでは、ギターやピアノでのシンプルな弾き語りデモではまず通過できません。プロレベルのアレンジを施し、仮歌をシンガーに外注して、ほぼ完成形に近いクオリティへ仕上げる必要があります。これには数日から数週間の時間と、数万円規模の実費がかかると言われています。
それだけのコストをかけても、不採用なら報酬はゼロ。このハイリスク・ローリターンな構造に疲弊し、コンペそのものから撤退していく若手クリエイターが増えているのです。
1-2. インディーズ・SNS市場の台頭という「第三の道」
ここ数年で音楽シーンの勢力図は大きく変わりました。かつては「有名アイドルへの楽曲提供」が若手作曲家の成功への近道でしたが、現在は状況が一変しています。
ボカロP活動、歌い手やVTuberへの楽曲提供、あるいは自身のシンガーソングライターとしてTikTok・YouTube・Spotifyなどで直接発信する道のほうが、コンペを勝ち抜くよりも「打率」が高く、ファンと収益を直接獲得しやすい時代になりました。
加えて、メジャーコンペで採用されても、作詞(多くは秋元康氏)やアレンジャー、事務所との取り分調整によって作曲者本人の収益は細分化されがちです。一方、ネット発の活動はプラットフォームから直接収益を得やすいため、若手がそちらに流れるのは自然な選択といえるでしょう。
1-3. 「坂道らしさ」というブランド要求がクリエイティビティを縛る
乃木坂46には「切ないメロディ」「ピアノやストリングスを多用した王道J-POP」といった長年培われたブランドイメージがあります。コンペでも「乃木坂っぽい曲」が求められる傾向が強く、若手クリエイターが自身の最先端の音楽性や尖ったサウンドを試す場にはなりにくいという側面があります。
オリジナリティを発揮したい若手ほど、型にはまったコンペよりも自由度の高いK-POPコンペやネットカルチャーへ向かう傾向が見られます。
1-4. 「コライト」文化への対応の遅れ
海外ポップスやK-POPでは、複数のクリエイターが「メロディ担当」「トラック担当」「トップライン担当」のように分業する**コライト(共同制作)**が主流となり、効率的かつ高品質な楽曲制作を実現しています。
日本のアイドルコンペでもコライトは増加傾向にあるものの、「1人の作家がデモを丸抱えで作る」という従来型のスタイルが根強く残っています。これが海外基準の制作スピードや手法に慣れた若い世代にとって、参入障壁になっているとの指摘もあります。


第2部:ボーカル表現の制約という、もう一つの大きな壁
2-1. 音域の厳格な縛りが生むメロディの平坦化
大所帯アイドルグループでは、メンバー間の歌唱力や音域のばらつきを考慮し、全員もしくは選抜メンバーがユニゾンで歌える音域に収める必要があります。コンペの募集要項には「最高音はhiCまで」「最低音はmid1Gまで」といった具体的な音域指定が設けられることが一般的です。
しかし、現代のネット発音楽(ボカロ系)や実力派ソロアーティスト、K-POPでは2オクターブを超える広い音域を駆使したダイナミックなメロディがトレンドとなっています。若手クリエイターが「今っぽい」と感じるメロディラインを作ろうとしても、この音域制限の枠内に収めようとすると、どこかで聴いたことのあるような平坦な仕上がりになりがちです。
2-2. 転調・複雑なメロディの回避という安全策
音域の狭さに加え、ピッチの跳躍が激しいメロディや転調の多い楽曲は、ライブでの歌唱難易度が上がります。結果として、コンペ通過には「歌いやすく、キャッチーで、音域が平易な曲」という安全策が求められる傾向にあります。自身のスキルや新規性を試したい若手作家にとって、この「歌いやすさへの配慮」が制作モチベーションを削ぐ要因となっています。
2-3. K-POPとの対比に見る役割分担の有無
K-POPのグローバル市場では、グループ内に「メインボーカル」「リードボーカル」といった明確な役割分担があり、高音パートや難しいフェイクは歌唱力の高いメンバーが担当する前提で楽曲が制作されます。
一方、日本のアイドルコンペは「全員が歌えること」が前提になりがちなため、どうしてもメロディのスケール感が小さくなりやすいという構造的な差があります。
2-4. ユニゾン前提という表現の限界
大人数でのコーラスやユニゾンが基本となるため、個々がエッジを効かせたりベンドで音を揺らしたりすると、全体のピッチやニュアンスがばらつき、合唱として成立しなくなります。そのため「全員がまっすぐ平坦に歌うこと」がディレクション上求められがちです。
クリエイターが「ここはエッジを入れて切なさを強調したい」と意図してデモを作っても、最終的な仕上がりではそのエッセンスが削ぎ落とされ、記号的な歌声になってしまうというジレンマが存在します。
2-5. 「生々しさ」を避けるブランディングの影響
乃木坂46の持つ透明感・清楚・上品といったイメージにおいて、過度なエッジボイスやアーバンな歌唱テクニックは「生々しさ」「泥臭さ」として、グループの世界観に合わないと判断されることがあります。求められるのは感情を爆発させる歌唱ではなく、抑制された表現です。これにより、ボーカルのニュアンスで楽曲をドライブさせるアプローチが難しくなります。
2-6. ボーカルエフェクトの制限
ボカロP出身やLA・韓国のトレンドを追う若手作家は、ボーカルを楽器の一部として捉え、オートチューンやフォルマント加工、サンプリングを好む傾向があります。しかし日本の伝統的なアイドルシーンでは「メンバーの生の声を聴きたい」というファン需要が強く、過度なエフェクト加工が敬遠されがちです。今風の融合を目指す若手にとって、この縛りも大きな制約となっています。
第3部:JYP(NiziU)が示す対照的なクリエイティブ環境
3-1. 「お蔵入り」レベルの楽曲がそのまま採用される世界
NiziUの人気曲「Love & Like」は、作曲者のALYSA氏自身が「難しすぎて誰も歌えない、お蔵入りかも」と思っていたほどの楽曲でした。それがそのまま採用され、フェスの定番曲となった事実は、日本のアイドルコンペとの決定的な違いを象徴しています。
JYPの楽曲選定では「歌いやすいかどうか」ではなく「クオリティとして最先端でカッコいいか」が最優先されます。作曲家自身が「攻めすぎた」と感じるレベルのデモでも、制作陣が判断すれば採用される土壌があるのです。
3-2. 「曲にメンバーを合わせる」という育成思想
ここで重要なのは「全員がユニゾンで歌えるレベルに曲を下げる」のではなく、「難しい曲を歌いこなせるようメンバーをトレーニングする」、あるいは「超高音やラップが得意なメンバーにその部分を割り振る」というアーティスト目線の制作思想です。
クリエイター側からすれば、自分のやりたい複雑な展開や高度なニュアンスを詰め込んだ楽曲が、お蔵入りになることなく「表現力と技術によって120%の形に仕上げてもらえる」環境であり、これは大きな魅力といえます
第4部:難解な楽曲を歌いこなすトップボーカルたちのスキル比較
ここでは、複雑な楽曲を表現力豊かに歌いこなす代表的なK-POPボーカリストを紹介し、日本のアイドルコンペの制約と対比してみます。
リリー(NMIXX):圧倒的ソウルフル・ハイノートヒロイン
オーストラリア出身らしい骨太な声量と、どこまでも伸びるハイトーンが武器。エッジボイスやフェイク、細かい音符のランなど現代ポップスに必要な技巧を完璧に使いこなし、NMIXXの実験的な急激な転調や難解なメロディを圧倒的なピッチの正確性で成立させます。
ヘウォン(NMIXX):変幻自在のオールラウンダー
シルキーな声質ながら芯が強く、中音域から高音域への移行が非常にスムーズ。ニュアンス(表情)の付け方が天才的で、エッジやウィスパー、ベンドを駆使し、楽曲に大人の色気やストリートなグルーヴを吹き込む器用さを持っています。
アヒョン(BABYMONSTER):憑依型エモーショナル・パワーハウス
太くハスキーで感情的な声質。高音でも声が細くならず、叫びに近いエネルギーを保ったまま歌い上げる地声のパワーが特徴です。ラップスキルも一級品で、ベントやしゃくりを混ぜながら1曲の中にドラマを作り出します。
ニナ(NiziU):スタジアム級のクリア・ブライトハイトーン
濁りのないクリスタルクリアなハイトーンが最大の特徴。NiziUの楽曲のクライマックスで一撃で世界観をひっくり返すラストサビの高音フェイクが代名詞で、J-POP的な美しさと洋楽的なスケール感をハイブリッドに持ち合わせています。
第5部:トップボーカルの強みと乃木坂コンペの制約、4つの対比
| 観点 | K-POPボーカルの強み | 乃木坂コンペの制約 |
|---|---|---|
| 音域 | リリーのような3オクターブを行き来する自由なメロディ設計 | 全員ユニゾン前提の狭い音域(1オクターブ半程度)への修正が必須 |
| ニュアンス | ヘウォンのようなエッジ・ベンドを活かした緻密な表現設計 | 平坦な合唱が前提で、ニュアンスの細部がリセットされる |
| アタック(エネルギー) | アヒョンのような強いアタックを活かした尖ったジャンル展開 | 透明感・清楚というブランドイメージにより抑制される |
| 仕掛け | ニナのような一人への超高音パート集中による楽曲のドラマ性 | 均一な調和が優先され、特定メンバーへの割り振り自体が避けられがち |
優秀な若手クリエイターほど「自分の作家性を引き出してくれる場所」を選ぶのは、ごく自然な心理といえるでしょう。
まとめ:日本のアイドル楽曲制作が今後向き合うべき課題
乃木坂46の楽曲コンペから若手作曲家が離れていく現象は、単なる一過性の話題ではなく、
- コンペという仕組み自体の費用対効果の低さ
- インディーズ・SNS市場という新しい収益ルートの台頭
- ブランドイメージによるクリエイティビティの硬直化
- コライト文化への対応の遅れ
- 音域・ニュアンス・表現の自由度における構造的な制約
という、複数の要因が重なり合った結果といえます。K-POP、特にJYPのようにアーティストの育成思想とクリエイターの自由度を両立させる制作体制は、今後日本のアイドル楽曲制作が参考にすべきモデルのひとつかもしれません。
『是非に及ばず』への酷評をきっかけに浮き上がったこの構造的な課題は、今後の坂道シリーズ、そして日本のアイドル音楽業界全体の楽曲制作のあり方を見直すきっかけになる可能性を秘めています。



キレ散らかしてて草
曲がいいと思う人がいれば悪いと感じる人の意見もたくさんあって当然じゃないのか
作曲家本人を誹謗中傷してるわけじゃなく(そういう人は擁護できないけど)あくまでも曲についてなんだから
“それにしても、と思う。ただ「曲が気に入らない」という、それだけの理由で。クソだの、ゴミだの、時代錯誤だの、才能がないだの、もう終わってるだの、史上最悪の表題だの、これならAIが作ったほうがましだの、センターに選ばれた一ノ瀬さんが気の毒だの??ありとあらゆる罵声を浴びることになる。あるアカウントからは「もう二度と乃木坂に曲を書くな」という返信が、まっすぐ僕宛てに投げつけられた。脅しなのか懇願なのか、それは僕にもよくわからない。
これを言葉の暴力と呼ばずに、いったい何と呼べばいいのだろう。
「ここ」は、僕たち作曲家にとって憧れの場所であるはずだった。後輩たちも僕を見ている。その僕がぼろぼろになっていたら、いったい誰が、人生のすべてを賭けて作曲なんかに打ち込もうとするだろう。だから、何かをしなくてはいけない。夢に見ていた世界が、ふたを開けてみれば荒れ果てた土地だった、というだけの話だ。そして僕は、その荒れ地に後輩たちを導く仕事もしている。二十年選手の僕でさえ、これだけ深く傷つくのだ。初めて採用された作家なら、きっと立ち直れないだろう。
こういうときは、旅に限る。これもまた、昔の偉い人たちがみんな通ってきた道じゃないか。”
実力不足というよりヲタの音楽曲理解力の低さだと思う
口パクでオッケーなドルヲタに期待してるのが間違いだと思う
別に乃木坂は困らないからな
昭和の頃は、レコード会社のプロデューサーが、今度の夏はこういうコンセプトでこういう曲で行こう
あの子がこういう曲を歌えばきっと売れるはず
それにはあの人とあの人に作詞と作曲を頼もう。
そうやって発注して曲を作ってきたもんだ
結果、売れようが売れまいが歴史にも残る良い曲が作られてきた
今の作り方はおかしすぎる
ジジイじゃねーか
やっぱSNSで育ってないジジイはSNS使わないほうがいいな
57歳が作曲して68歳が作詞するアイドルソングが流行る訳ない
トンチキな歌詞つけられる可能性大なんだし、どのグループの曲になるかも下手すりゃ決まってないんだから…
初めて採用された作家なら、きっと立ち直れないだろう。
色々と悔しかったり、腹が立つのは分からんでも無いが
こういう考え方の時点で残念としか言いようがない
もっと若手でも打たれ強い作家もいるし、そもそもこんな非難を浴びない
楽曲を書いて来る若手もいるだろう
自分の仕事の成果を棚に上げて、思い込みで誰もが自分と同じ境遇に
陥ると決め付けている時点で残念
だって、メンバーに会いたいですもん!お話したいですもん!ww
券(CD)をデザインしたんだと思いましょうwww
もしおれならそうするな
たしかに乃木坂の表題に採用されればカネは入ってくるだろうけど
胸糞悪い思いするくらいなら、別のグループや歌手に曲提供したほうがいいし
まともなクリエイターならこんなクレームに一々こんなリアクションしねーよ
だから他のまともなクリエイターは、そっと黙って距離を置くんだよ
作曲家は飯を食うために楽曲作ってるから乃木坂という最高のドル箱のコンペに参加しない訳ないじゃん
表題曲に採用されれば1曲で3000万くらい貰えるんだぞ
むしろライバル減ってラッキーと思ってるはず
表題なんて年に3曲しかないんだから、宝くじみたいなもんでしょ
だったらコンスタントにそこそこ小銭稼げて楽しく仕事できる方がいいよ
というふうに考える人もいるだろう
サラリーマン誰もが社長になれるわけじゃないのと一緒
俺ならそうするし、そういう考え方の人も増えるのではw
制作陣がお年寄りすぎる
いつまでこの体制でやるんだろうか
忙しいとかいう理由は通らんぞ
今に始まった話じゃない
ジャケ写アー写担当
楽曲担当
MV担当
みんなバラバラのことをやってるのが乃木坂
スタイル
権利関係が問題なのか?
単純に曲を大事にしていない可能性もある?握手券が本体だから
乃木坂に関わるメリットなんてなくなって来てるからな
勢いあってファンもメンバーも関わるスタッフも良いならそっちと仕事したくなるのは当たり前
良い楽曲なんて来たこと無いからとょうどいいわこの機会に離れてほしい
なんとかこれを変えたいね
もう秋元は限界なんだよ
口パクお遊戯会から何の変化もしてこなかった哀れなグループにこれ以上何を求めてんだよw
櫻坂はその点なんかちょっとダークな雰囲気にしとけば基本的に勝手に噛み合うから櫻坂は一応ちゃんとしてるように見えやすいんだよね
まあこの辺は秋元康の納期問題だからここだけは本来即改善できるはずの1番クソな点だよね
不採用でも一切の連絡はありません。毎回自信作を渾身で書いても、
静かに井戸の中に消えてゆく感じなのです。それを月間5曲とか
やってご覧なさい。心はボロボロになります。」
そんでやっと採用されたらクソ曲ゴミ曲呼ばわり・・
そりゃ心折れますて
1番比較できるのって「好きロック」だよ
あの曲も別に曲としてたいして良くもないんだね笑
だけど「タオルを回す」とかいうギミックがあって、ライブ曲として特に文句もなく愛されているんだね
「是非」も同じだよ
ちゃんとあのタオルをあげるノリとか定着すれば、イントロが鳴った瞬間に「タオル曲きたー!」とか言って
ライブで定着するような曲だよ
別にこの曲自体が、作家に突して言葉の暴力をふるうほどに酷い曲ではないよ
好きロックは俺もたいしてと思ってるけど、それとはまた違うだろ
是非には一応は格好つけてる曲で、どうやって無邪気にタオルを振るんだよ
うん
また今回も説明できてないじゃん
その掲げてコールすることと、グルグル振ることが
どのように違うかの説明をしなって話だよ笑
2つとも楽しいじゃん
是非には一応は格好つけたロック曲だけど、間にヘイとか言いながら掲げるトンチキさ
その点好きロックは明るい曲調に合ってて、タオルを振り回す分かりやすいノリ
?
じゃあ同じじゃん
トンチキロックでタオルを掲げて楽しいし、
明るい曲でタオル回して楽しいんじゃん
同じだよ
話がだいぶ逸れたし、ライブまともに観た事もなさそうだから分からなくてもいいけど
要は聴くからに見せ球じみたトンチキな曲や、秋元が逆張り的に「フック」みたいなのを意識してる曲くらいの判断は、誰にでもつくってだけの話だよ
いや、その判断がついてないからトンチキにマジ切れしてるんでしょ?
マジ切れして作曲家に突ってるんだよ笑
ん?
作曲家に突っかかるのはともかく、せっかくの夏シングル、初センター曲がトンチキだから荒れるんでしょ?
?
荒らさなきゃ良いじゃん
「はいはい、康の見せ球ね」で分かれば良いじゃん
分かってないから怒るんでしょ笑
「夏シングルの初センター曲が見せ球ね、オッケー納得」とはならんだろ笑
なんで?
俺はそうなるかなと思ってたけど
一ノ瀬だし
勝手に期待して勝手に失望してバカみたいじゃん
あまり乃木坂らしくないメンバーが、乃木坂らしい夏曲はもらえませんでした、という
割と納得感があることかと思うけど
それはお前が乃木坂にも曲にも大して興味がないからだろ
乃木坂が好きなら「いい曲が来て欲しいな」って期待するのは当然のファン心理だろ
好きロックみたいな無難ですらない、一回で終わるかもなセンター曲でトンチキやられる事を、どのメンバーのオタクが望んでるんだよ笑
?
で、望んでないことをやるのも秋元手法だからだよ
期待するのはいいよ
だけど期待以外のものが来るかもしれないことを分かってないから無駄に怒るんじゃん
見せ球があることを分かってないから笑
実際チートデイは微妙な評価で、おひとり様天国だって、
あのMVに救われただけで、沖縄初披露のリアクションは微妙だったはずだよ
なんせ「おひとり様天国」なんていう題名の半分トンチキソングなんだから笑
伊藤衆人作のMVに相当救われて、今のライブで愛される地位があるようなものだよ
トンチキがやってくることを分かってないから、マジギレしてるんでしょ
井上や賀喜でそれをやられるのと、一回で終わりそうと本人のオタも書いてるくらいの一ノ瀬でトンチキやられるのは違う荒れ方はするな
曲がりなりにも明るい曲調で、まぁライブでは乗りやすいライブ曲になるんだろうって評価すらもそこまで受けてないわけだし
うん
だから荒らさなきゃ良いんだよ笑
一ノ瀬ってそういう立場ってだけのことだよ
さらには荒れる分には構わないわけだよ
でも作曲家に突して攻撃するまでするのは間抜けだって話だよ
評価を受けてない、じゃないよ
せめてそうしなよって話だよ笑
できるんだから
したくないだけじゃん
ライブで盛り上がる曲にしたくないだけじゃん笑
今回動画やXにまで批判が波及したのは、ビリヤニとか恐らくもっと前から煮えたぎってたマグマが、乃木坂的にも特別な夏シングルでついに爆発した感じだよ
荒れる分には構わないって姿勢で居続けたら、ヘイトを買ってしまった
うん
その煮えたぐったマグマというのは、序列レースのストレスだね
運営さんがヘイトを買うのはずっとだよ
今回が特別ではないよ
池田一ノ瀬という5期への溜まったヘイトが噴出したんじゃないかな
ああ、ここで対立煽りじみたそういう話しかしてないから、何でもそうにしか見えないんだろうね笑
曲についてはビリヤニの時も、その前からもちょくちょく言われてたわけだね
それが動画のコメ欄やXの見える形では波及してなかったってだけで
うん
なんで曲についてそんなに言うかというと、序列レースが行きすぎているからだよ
君らは本来曲なんかにたいした興味がなく、ミーグリがしたくてCDを買うんだから
ダサい曲であって欲しい、失敗曲であって欲しい、という欲望がマグマのように君たちにあるからだよ
talkに住んでるとそんな思考しかできなくなるんだな
ミーグリに興味のないオタも普通にいるし、違う人がセンターなら荒れてないなんて、そんな話ではないよ
最初で最後かもな初センターなら、誰がなってもこれが来たら荒れてると思うよ
うん
だから「荒れる」にも段階があるわけだよ
この曲ならちょっとは反発があるのは当たり前だよ
運営さんもそれを狙うわけだから
作曲家に突って攻撃するレベルの荒れ方をするのは、
そこに序列レースのストレスがある、という話だよ
池田が歴代最低になるほどの無視のされ方をするのも同じようなことだよ
それはもう君自身がtalkに居着いて序列レースしか考えられない脳みそになっちゃったんだよ
今回はビリヤニやその前からのシングルでの曲へのフラストレーション
秋元の見せ球発言
特にライブ曲としてのキャッチーさも少ない
最初で最後かもな初センター
色んな要素が積み重なった荒れ方なんだよ
君はtalkしか見てないんだろうけど、批判の内容を見れば分かるよ
>>803で書いた様に今回だけの特殊な要因も相まっての、シングル曲への募りに募った不満のフラストレーションだよ
うん
で、フラストレーションがたまったからと作曲家に突して攻撃して良いものではない、という話だよ
杉山勝彦|作曲家 @sugisansugisan
https://twitter.com/sugisansugisan/status/1855444143746814275
より抜粋
クリエイターにとっての自身が生み出した楽曲は、皆さんにとっての「推し」のように、クリエイターにとって、「推し」と呼べる大切な存在でもあります。
一線で作ってる方々は、ほぼ確実に全人生をかけてそれに向き合っています。
その意味においては一緒ですね。
直接的に心ない言葉で「推し」を否定されたら誰でも傷つきます。
僕はうち所属の若い作家達にはそういう思いをなるべくして欲しくないのです。
この仕事を選んだ以上ついてまわるものなのだと理解はしてますし、そう伝えています。
ですが、必要以上に、誰かの「推し」を攻撃し合わない世の中の方が、やっぱり楽しく生きやすいと思うのです。
伝え方に配慮ある、どこよりも熱くて優しい乃木坂46界隈になっていったら良いなと思いまして、この機会に書かせて頂きました。
引用元:https://talk.jp/boards/nogizaka/1782557232
若手はコンペに参加しないらしい
クソ曲だからね
「だから例えば乃木坂(46)で、内角高めいっぱいに投げるんですよ」と“見せ球”を投げることがあると例え、「それが『おひとりさま天国』とか、『ビリヤニ』とか、もうファンから猛バッシングですよ。“クソ曲作りやがって”って。“俺たちの乃木坂に”って」と回顧。
それでも「それは、次に外角低めに、『Same numbers』っていういい曲があるんですよ。それを投げるためには、まずこっち側で、もう怒りというか、エネルギーをためておかないと、それが効かないんですよね」と“決め球”を投げる前には“見せ球”が必要であるとの考えを述べた。
あの豚も言い訳と自己保身のためにこういうこというせいでどんどん新規で作曲してくれる人間減ってるのにな
坂道全体
プロデューサー自体はお飾りみたいなもんだから秋元康が死んだら純粋なソニーミュージックのアイドルになる
上昇意欲のある作曲家はコンペに参加しないんちゃう?
秋元の指示で編曲されるんやろ
コンペに出した曲の再利用できないから勿体ないし無駄になるって
ワイが見たやつだとソニー側の人が作曲家の人に編曲にこの人入りますけどいいですか?ってソニーが抱えてる編曲家紹介されるらしい
その後の中身は分からんけど
今野への仕打ちと今野の頭部を見てたら誰も意見出来んやろなぁ






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